2010年11月10日水曜日

モンブラン

友人がいないと公言している私だが、先週、32年ぶりに旧友と再会した。

相続した家の売却の件で帰省したおりに、高知大学勤務のNさん(阪堂先生のNHKラジオ講座のファンでコリ文まで訪ねてきてくれた)が、大学で同僚のTが私の昔なじみと知って、いっしょに食事でもと誘ってくれたのだ。

Tは追手前高に通っていたころの同級生で、いわゆる悪友である。
悪友といっても、授業をさぼって喫茶店にたむろし、雀荘にしけこんだくらいのもので、悪事をはたらいたことはない(記憶ちがいでなければ)。
二人で九州一周の弥次喜多道中という極めつけの思い出もある。

待ち合わせの店にあらわれたTが、学生時代と変わらない風貌であるわけはないが、頭を坊主刈りにしているとは予想していなかった。
とはいえ、かつての面影がのこっている。
いや、それどころではない。どこからどこまでもちっとも変わっていない。
しゃべり方といい、笑うときのでかい口といい、昔のままだ。

よく見れば歯にタバコのヤニがこびり付いているかもしれない。
目尻にしわがあるかもしれない。
そんなものは何でもない。
30年ぶりであっても、そばにいて少しも気をつかわずにいられるが、なによりTらしいところだ。
腹を立てることもあれば、欲もあるだろうが、それが周囲のものにとって脅威ではなく、むしろ人間味と感じられるような得な性分だ。
職場でのあだ名がドラえもんと聞いて、なるほどと思った。

「大学がええがは、プールや体育館、野球場が使い放題のところかのう」
「Tさんほど利用しゆう人は、ほかにおらんきね」
「最近はゴルフを始めたがよ」
「たまるか」
「Tさんはこれで、あんがい教育パパながよ」
「そりゃないろう」
Nさんが追手前の後輩だからと言って連れてきたKさんもまじえ、かつおのタタキを肴に盛り上がる。

「あのころも、ほんとに何があってもキレたりせん男でなあ」
とNさんに話していると「あのころはよ」とTが口をはさむ。
山あいの村をでて下宿暮らしを始めたばかりのTには、癖のある友人たちのやることなすことが刺激的で、ついていくだけで精一杯だった、というのが言い分である。
「こんな変人もおるし」というのは私のこと。

仕事にも満足、嫁さん息子娘たちにも恵まれているうえ、健康も申し分なし。大豊で暮らすご両親も健在である。
「悩みなんか、ないろう? あるかえ」
「そんなにバカにせんかて。そうじゃのう。……ないな」

この歳になって、こんな能天気な男がいてよいものだろうか。
こう見えて、ひそかに背徳の趣味にふけっているのではないか。はたまた不倫をしているとか。ひねくれものの私は、つい勘ぐりたくなってしまう。
しかしTの笑顔を見ると、まあ一人くらいはこんな男がいてもいいか、と苦笑いするしかない。

その晩、ホテルのベッドで夢を見た。
「困っちゅうがよ。もう首をくくるしかないき」
Tの坊主頭にしわが寄っている。
「酒でも呑んで忘れることじゃ」
さっきから話を聞いている私は、少しも深刻な悩みとは受け取っていないようだった。
「ほかにしようがないのう」
Tも観念したように笑い、腹のポケットから焼酎の瓶を取り出す。
「お前は何がええ」
「ほならドンペリでももらおうか」

雑魚寝していた私は、明け方近くに、いやな胸騒ぎにおそわれて目をさました。
目をこらして部屋のなかを見渡すが、Tの姿はない。
部屋という部屋、布団部屋から便所まで探すが、どこにもいない。
縁側の雨戸の隙間の向こうに人影が。
外にとび出すと、Tがクスノキに寄りかかってタバコをふかしている。

「おどかすなや」
「見てみい」

見下ろす谷には、もやがかかっている。ようやく白々と向かいの山の稜線が
浮かび上がってくる。
そのあたりを大勢の人が列をなして登っている。

「あの人らにも悩みがあるけんな」
「けんど、なーんも見えんな」
村夫子然とした姿にいっそう磨きがかかったTが、遠くを見つめる目をして言った。