2012年8月20日月曜日

2泊目の朝、遅い朝食をとっているのは、日本人ばかりでした。あいにくの霧雨でアイガー北壁には、もやがかかっています。となりのテーブルの会話が耳に入ってきました。

「まず登山電車でヨッホまで登るでしょう。そこでお昼を食べて……」
女性の声は母親です。
「ぼく、プールがいい」
「プールならフランクフルトでも行けるでしょう」
「連れて行ってもらったことないもん」
「ゆう君、わがまま言わないで」
「先にプールで遊んでから出かけるのはどうかな。こんなお天気なんだし」
父親が発言しました。このホテルには大きな屋内プールがあります。
「プールで遊んでシャワーを浴びて、着替えをして、それから? 何時になると思うのよ」
「30分だけプールっていうのはどうかな」
「ぼく30分じゃ、やだ」
「わからないわね。プールは戻って来てから」

そういう会話のあと、3人は席を立ちました。
ウエイターが「Have a nice day! byebye」と声をかけても、無言で行進。
フランクフルト駐在ならこちらの習慣はわきまえているはずです。機嫌がよくなくても「Thank you」くらいは言えるでしょう。
前日の朝のツアー客たちも、スタッフに何を話しかけられても、たいてい無視していました。言葉がわからないにせよ、反応を示さないのは失礼でしょう。

日本だとお店や食堂に入るとき店の人から「いらっしゃいませ」と声をかけられても、客が黙っているのはふつうです。買い物をして「ありがとうございました」と言われても同じです。
あれほど学校でも会社でも、挨拶の大切さを叩き込まれるのに、なぜそれが当たり前なのでしょうか。

接客業における細やかな気配りの行き届いたサービスは日本の文化です。お手本にしている外国の企業も少なくありません。自分が接客をする側のときと「お客様」のときの非対称性を「それが商売というもの」で片付けてしまってよいのでしょうか。

そのスイッチのオンオフがきっちりしているほど、接客モードでないときは、積極的にサービスをくりだすタイミングにずれが生じるような気がします。
登山電車のなかで韓国人の瞬間的な反応ぶりを見たとき、私には無理だと感じたのは、スイッチがオフだったからと考えるとつじつまが合います。

日本人がこれからの世界を生き抜いていくとき、いらない誤解を受けないようコミュニケーション能力を身につけることが重要なのは、いまさら言うまでもありません。そのために「お客様」モードを変更するといったことも、もしかすると必要なのかもしれません。

パリ行きのJAL便でNさんに「私のことは<様>でなく<さん>で呼んでください」とお願いしたとき、「こんな素敵なアテンダントさんに担当してもらえるなんて、幸先がいいな。楽しい旅になりそうだ」と付け加えました。もちろん本心です。
とても快適なフライトが終わりに近づいたころ、まわって来られたNさんが「これまでで一番楽しいフライトでした」とおっしゃってくださいました。サービストークかもしれませんが、ちょっと幸せな気分でした。

荷造りをしたらホテルをチェックアウトして、フランクフルトに向かいます。21:05発の成田便で帰国します。
 
ホテルの部屋のテラスから眺める夕焼けのマッターホルン。
なんだからゴジラみたいじゃありません?

ところでヨーロッパで初めて温水洗浄トイレに出会いました。
ホテルの部屋のトイレがそうなのですが、見かけはいたって普通。日本のみたいにボタンとかリモコンとかついてないので、すっかりだまされていました。

部屋のお風呂がなぜかジャグジー付きなので、その説明書を読んで、なるほどねと、なにげなく裏返すと、トイレの使い方が書いてありました。腰掛けたまま腕を垂らすと左手の当たるあたりに丸いボタンがひとつ。それを押すと温水が吹きだします。以上。

試してみました。座ってボタンを押します。日本みたいにワンポイント集中ではなく、蛇口を開いたときのようにドバッと温水が噴出してきます。ボタンから指を離すと止まります。それと同時に温風が吹き出してきます。立ち上がると温風が止まります。

これがすべてですが、合理的といえば合理的。物づくりにもいろいろな方向性があるものだ、と考えさせられました。
「Red Bull」なる飲み物の缶を目にするたびに、一度飲んでみたいと思っているのですが、まだ機会がありません。 

韓国から帰省してた息子の部屋に空き缶があったので、どんな味かたずねると「うまく言い合わせないビミョーな味。自分で買って飲んでみればいいじゃないか」とのこと。 

さて今日ツェルマットの駅前のスーパーに行くと弓道が目印の「KOMBUCHA」がありました。昨年ミュンヘンのホテルで見かけて飲んだ記憶があるのですが、ビミョーな味だったとしか覚えてないので、1本買ってみ
ました。

「ビミョーな味だな、まさにこれは」というのが一口飲んだ感想です。とにかく昆布の味はしません。ラベルの裏を読むと、ハーブティー、乳酸菌に炭酸を加えたもの。ほかに培養酵母、砂糖、アセロラジュースが成分のようです。

どういう味か想像できますか? あえて言うなら薬用酒の味に近いかな。飲んでみたい人? いないかな。 

ラベルがドイツ語だし、たぶんドイツ製だよね、とラベルの細かい文字を確認してみます。なになにオーストリア製。社名は「Red Bull AG」! あの「Red Bull」かいな? 

「Red Bull」を検索すると、ウィキペディアに「オーストリアのRed Bull GmbHが販売する清涼飲料水」と出てます。ウィキのほうは「GmbH(有限会社)」、ラベルは「AG(株式会社)」ですね。「Red Bull」の世界的ヒットで、会社が大きくなったのでしょう。

ドイツ(たぶんオーストリアも)では、たいていの会社が「GmbH(有限会社)」です。「AG(株式会社)」はルフトハンザとかドイツ銀行とか大手企業に限られます。 
ちなみにドイツへ行くと、当然「Koribun AG」と名乗ってますけどね。正しいのに、なぜか冗談あつかい?! 笑わんといて。
朝一番に飛び出して、アルプスの山々を眺めながらトレッキング。ヨーロッパ最高峰の展望台をめざし、ユングフラウヨッホ行きの登山電車に乗りました。

なぜか電車の運転席の横に韓国の国旗がはためいています。韓国の団体専用車? いえいえ中国や日本のツアー客も乗っています。なんでだろう? 

「もしかして韓国人の誰かがアピールのために……? そういえば今日は8月15日だ」
日韓関係のニュースをちらほら耳しているしなあ。そんなことを思いながら、電車に乗り込みました。

私の斜め前に座っている40代後半らしき男の二人連れが韓国人でした。
二人の会話を聞けばむろんわかりますが、黙っていてもまちがいありません。抱えたリュックの肩当に「I love Korea」と書いてあります。

韓国人二人の正面には太ったおばさんの二人組みが座っていました。
陽気な女性たちです。
おばさんの一人が「あなたたち韓国人でしょう」と英語で話しかけました。
「私たちはユナイテッドステーツよ」

すると韓国人の一人が体ごと乗り出して言いました。
「待ってよ、待ってよ。当ててみせますからね。カリフォルニアから来たんでしょう」

「コロラドでーす」

「コロラドかあ、やられたあ」
大げさな身振りをまじえて、しまったという顔をして見せます。
残りの3人は大爆笑です。
たわいもないと言えばそれまでですが、私はやられた、と思いました。

すかさず男はリュックの中から韓紙を貼った箱を取り出しました。
「お二人にプレゼントです。どうぞ!」
ふたを取ると飾りのようなものが入っています。

「アイ シー。クリスマス・オーナメントですね」
「ノーノー。ウエディングのときに使うものです」
「クリスマス・オーナメントでーす」
「ウエディングの飾りでーす」
でまた、ひとしきり盛り上がっていました。

アメリカ人の婦人が話しかけたのが日本人の中高年男子だったら、どうだっただろうと考えてみました。
日本人にも宴会とかで「盛り上げてくれよ」と頼まれれば、上手に場を盛り上げる人はいます。
でもこんな状況で、反射的に見知らぬ人を相手にサービスを始める人は、あまりいないのではないでしょうか。

つねにアピールの機会をうかがっているからこそ、とっさに反応できるような気がします。
それは一種のサービス精神なのでしょうか。

長くなったので、続きはまた今度にします。
パリでの一週間はあっという間に過ぎ、ベルリン経由でスイスに来ています。
またも事件に遭遇しました。チューリヒ空港からベルンへの列車で、無賃乗車の男が捕まるのを目撃しました。

男は私の2列前の席に座っていました。検札の車掌が前方からまわってきましたが、平然としていました。
車掌がドイツ語で「乗車券拝見」と言い、それからもう一度フランス語で話しかけました。
男がなにか返事をすると、車掌がとつぜん大声を張り上げました。
「切符をもってない、金もないんだな。それで一等車とはあきれたもんだ! すぐに(2階建車の1階に)下りて、そこで待ってろ」
男は悪びれたふうもなく立ち上がって、下りていきました。

しばらくすると階下から車掌の怒鳴り声が聞こえてきました。
「ここに住んでないのか? トルコ人だか何人だが知らないが、住所がないんだな。なら俺にはどうすることもできん。警察を連絡するから、このままここにいろ!」

次の停車駅が近づいてきました。ベルンです。私は荷物を持って、階段を下りようとしました。
下を見ると、男が階段に腰をおろしているので通ることができません。
「すみませんが、通してもらえませんか」
私が声をかけると男が立ち上がりました。50がらみの大きな男です。

列車が停車して、ドアが開きました。
警官が待機しているといった様子はありませんでした。
男はなにごともなかったかのように、人ごみのなかに消えていきました。

検札のときも悠然としていましたし、この手段で交通機関を利用するのは、初めてではないのかもしれない、ふとそんな気がしました。一文無しだというのを、車掌は本気で信じたのでしょうか。

スイスに来たのは初めてです。空港も駅も列車も、どこもかも清潔で手入れが行き届いています。ヨーロッパの経済危機とは一線を画しているだけあるなという印象をもちました。3月に行ったローマや今回のパリとはかなり印象が違います。
なんとなく場違いなものを目にしたような気がしました。この車掌は鷹揚なのか、面倒を避けたかっただけなのか。

なにもかもきちんとしているように見えるのは、表面的なものなのか、それとも……。 それはこらからの5泊のあいだに考えてみたいです。
パリ初日の日記の締めくくりに、機内での話の続きを書いておきます。
アテンダントのNさんに「名前を呼ぶとき<様>でなく、<さん>付けでお願いします」と頼みました。

Nさんは「ではそのように」と快く答えてくれました。
ですからクイズの正解は1番です。ところが「サカモトさん」とは、なかなか呼んでもらえませんでした。
ほかの2人のアテンダントさんにも伝えてくれると、Nさんがおっしゃっていたのですが、チーフはずっと<様>でした。


しばらくしてNさんが来られました。
「やっぱり<様>ではいけませんでしょうか。お客様をさん付けは難しくて」
「無理には言いませんけど」と返事すると、ではということで「サカモトさん」と、一度だけ呼んでくれました。

まもなくシャルルドゴール空港へ着陸というとき、チーフが回ってこられました。
「Nからうかがっていたのですが、どうしてもさん付けで呼ぶことができませんで」
「こちらこそ勝手なことを言って、申し訳ありませんでした」

なにしろマイルを貯めて特典航空券で乗せてもらっていることですし、無理を言って困らせるのは本意ではありません。
前回サービスと期待値について書きましたが、JALも乗客の期待値を想定して、サービスの内容、水準を決めているのでしょうね。政治家や役人、企業の役員といった税金や会社の費用で乗る方、庶民とはかけ離れた金銭感覚の持ち主が、どういうことを期待しているのか、私のようなものには量りかねます。JALはそのあたりを把握しているからこそ、評価を得ているのでしょう。

特典航空券で乗る身としては、よけいなことを考える必要はありませんが、ふとへんなことを想像してしまう悪いくせがあります。国際線のファーストクラスに乗ってみたいとあこがれている知人がいるとします。こつこつと貯金をし、やっとのことでお金が貯まったから「これでパリ往復のファーストクラスの航空券を買うんだ」とうれしそうに話してくれたとします。JALのファーストクラスには、一般向けの割引運賃がありません。正規運賃は高価です。それだけに知人の期待の高さがうかがわれます。

それを聞いたとき、私はなんと言えばよいのだろうか。
「今度子どもが生まれるって言ってたよね。奥さんは了承してくれたの?」
「拝みたおして、OKしてもらったよ」
「へえ、いい奥さんだね」
「運賃のことは、安売りが手に入ったと言って、ごまかしてるんだけどね」
「それは後々、問題にならないかい?」
おそらくこんな会話になりそうです。

快適なサービスを受けられるのは体験していますし、期待に水を差すようなことは、できればしたくありません。
しかし期待が大きすぎると、充分な満足が得られないのでは、とつい心配になってしまいます。
私のまわりには、そんな人はいそうにありませんので、取り越し苦労にすぎませんが。

さて帰りの便でまた、なにか頼んでみようかな。
まわってきたアテンダントさんに話しかけると、けっこうおしゃべりにつきあってくれることがあります。
こちらは席についたままで、アテンダントさんは立ったまま、あるいは席のそばにかがんで、話をきいてくれます。
ずっとかがんでいるのは楽ではないでしょう。揺れたさい、けがの原因にもなると聞いたことがあります。それで気がひけるので、あまり長話はしないようにしています。

そんなときもし「女性を立たせたまま(かがませたまま)話をするのは、どうも気がひけます。私が立つのでこの席に座ってください」と言ったとします。
「さん付け」もなかなかしてくれないぐらいですから、いくら客の要望でも「ではそのように」とはいかないでしょうね。
チーフに見られたりしたら、きっと叱られるでしょうし。
旅にでると、なぜかこんなことばかり考えてしまいます。
パリは危ないという話を続けて書いてしまいましたが、親切にしてもらって感謝していることもあります。

シャルルドゴール空港からパリ市内へのアクセスについてネットで調べると、バスがお勧めのようです。
RER(電車)は「パリの初心者」向きではない、と書いてあるサイトもあります。
そうはいってもホテルはがRERの最寄駅から徒歩で行けるところにあるので、あえてこちらを選びました。
駅までなんとかたどり着けましたし、切符も購入できました。

あとは電車に乗るだけ、というところで「あれれ」です。ホームはどこ? 階段は?エスカレータは? あたりを見渡して立ちつくします。しばらくしてときおり人が出入りするドアのようなものが目に入りました。駅の外への出入り口かなと思いつつ近くまで行くとそれが改札口だとわかりました。ドアつき改札機。30年ぶりのパリはなかなか一筋縄ではいかないかも。

いったん中に入ると別のホームへ移動することもできないようなので「パリ行き」の表示を確認してから、改札機に切符を通しました。ホームで行き先案内を確認します。先発も次発も「北駅」止まりです。私が行きたいのはそこから2つ先の駅です。乗り換え大丈夫かなと思いながら電車に乗りました。席は空いているのですが、立ったまま経路図を眺めていると「どこまで行くのですか」と英語で声をかけてくれた人がいました。

「サンミシェル・ノートルダムまで」と答えると、「ガデノー(そう聞こえた)で降りたら下の階で乗り換えられるよ」と教えてくれます。「北駅ですよね」「そうそう」
その親切な男は若い東洋人の女性といっしょでした。すこし離れた席に腰をおろします。電車はなかなか出発しません。

「降りる駅はちがうけど、俺たちも乗り換えるからついてくればいいよ」
男がふたたび声をかけてきてくれました。
「ご親切に。そうさせてください」
私がそう答えると、二人が通路をはさんだ向かいの席に移動してきました。
「今はがらがらだけど、途中で満員になるから、離ればなれになるといけない」

電車が動き出しました。二人の会話が聞こえてきます。フランス語にまじって「お父さん」「お母さん」「おばあちゃん」といった日本語が聞きとれました。フランス人が「鳩サブレ」と言うので、思わず顔を見てにやり。停車するごとに乗客がふえて満員になりました。私たちのまわりはアフリカ系の人たちばかりです。
北駅に到着しました。スーツケースを抱えた私がはぐれないように、二人は気をつかってくれます。階段を下ります。後をついて行くと乗換え口が工事中で封鎖中でした。立ち止まると人とぶつかるほどごった返すなか、なんとか別の階段からホームへ下り、電車に乗り込めたときは、ほっとしました。

「助かりました。一人だったら迷うところでした」
日本語でそう言うと、二人が笑顔を見せました。
「サカモトと言います」
女の子がなにかささやくと「ジョスです」と答えてくれました。
「ジョスさん、メルシーボクー」
混雑した電車のなかでしたが、二人の写真を撮らせてもらいました。
二人は次の駅で降りました。
「サカモトさんはこの次で降りてください」
最後まで親切な二人でした。
じつはきょうモンマルトルの丘で、詐欺にあっている人を見ました。ガイドブックに載っていた「ユニセフ募金詐欺」です。
まず署名をさせておいて、募金をするというサインだから金を出せ、と迫ってくるという手口です。

胸にユニセフのネームカードをつけていても、ニセ者だからひっかからないで、と書いてありました。
私もきのうサンポール橋のうえでその一団に出会って、執拗につきまとわれましたが「フランス語わかりませーん」で逃げ切りました。
私が見かけたときにはもう、写真のとおり、欧米人のカップルが財布から紙幣を取り出して、渡そうとしていました。
とっさに証拠のためにと思って写真を撮りましたが、こういうときは、どうすればいいのでしょう?
「これは詐欺だ。ひっかかっちゃ駄目!」と言って両者のあいだに割り込むべきでしょうか。

0.5秒くらいその考えが頭をよぎりましたが、動けませんでした。
申し訳ないながら、お二人には「善行を施したという思い出を抱いて、故郷にお帰りください」と願うばかりです。

地下鉄も駅によっては日本語で「スリにご注意ください」とアナウンスが流れますし、美術館でもリュックを背負ってると危ない、腹のほうにかけろ、と言われたりしました。
じつは私もとうとうやられちゃったのですが、恥ずかしいので内緒にしておきます。
シャルルドゴール空港に到着。税関を抜けてホールに出ると、ガイドや運転手さんらしき出迎えの人たちが、わんさか詰めかけております。
皆さん手にした氏名やツアー名を書いたカードを差出してくれます。ついついアルファベットの文字に目を走らせますが、むろん私を出迎えに来てくれている人はいません。

ちょっと淋しい気分で、スーツケースを押しながらRER(郊外電車)の駅に向かいます。
すると10歳前後の子どもを連れた黒人が私と並んで歩きながら、話しかけてきました。
「どこから来た、中国?」
「日本です」
「そりゃあ偶然だ。今度東京に行くところ。ジャポン大好きよ」
なんだかやけに愛想がいい。
いろいろと英語で話しかけてくるので「ジュ ヌ コンプラン パ フランセ」
(フランス語わかりません)と答えてやり過ごそうとしました。

しかし行く手をふいに迷彩服姿の警官たちがふさいで、こっちに来るなとこわい顔をして通せんぼが始まりました。どなたか偉い方のための警備なのでしょう。
「RERの駅にはどう行けば――」
「そんなことは知ったこっちゃない」
マシンガンを持った男が私の言葉をさえぎって、はき捨てるように言いました。

フランスって官僚主義が強そうやなあ、と思いつつ、あたりを見回していると、
「道よく知ってる。安心ね」
さっきの黒人が寄ってきて、ついて来いというそぶり。
いやいやそれはまずいでしょう。
「そうだ、上の階に上がって向こう側に」と思ってエレベータの前に立つと、やっぱり親子も私の横に立ちました。

「日本に行く参考にしたい、教えてくれ。日本のお札は大きいか?
なぜか財布を取り出し、ぎっしり詰まったドル札を見せつけようとします。
こんなときは無視をすべきでしょうが、
「日本の札は大きいから、そんな財布には入りきらんよ」と言ってしまう私です。
「そうか、聞いてよかった。実物を見せてくれ、持ってるだろ」
そうきたか。なるほどね。
でもさすがに私も、そこまで人がよいわけではありません。
きっぱりと断りました。

黒人の男はちょっと悲しそうな表情を見せました。黙って私の顔を見つめていた子どもの目が印象的でした。かわいい顔をしているんです、その子が。
もし私が財布を取り出したりすれば、どんな手を使って盗むつもりだったのでしょうか。
ガイドブックに「地下鉄で子どもスリ」といったトラブル例が載っていますから、男が私の気を引いている隙に、子どもがスリ取るのでしょうか。
きっとあざやかな手際なのでしょう。
見たかったな。
いえいえ、そんなことはありません。

それにしても、こんな手口にひっかかる人がいるのでしょうか。
たしかに男は人懐っこくて、一見好人物に見えました。
でもガイドブックのトラブル例に、これは載ってなかったし、
あんまり商売がうまくいってないのかもしれません。
男の財布に入っていたドル札は、1ドルとか小額紙幣ばかりだったしなあ。
あれあれ、いつの間にかへんな同情心が…… 
詐欺師の手口に半分くらいひっかかってしまっていたのかも?
やれやれでした。
6月ごろに航空会社のスカイマークの「サービスコンセプト」が
話題になりました。
荷物の収納の手伝いはしません。客室乗務員に丁寧な言葉遣いは
義務付けておりません。機内での苦情は一切受け付けません。
といった斬新なもので、私などはぜひ一度乗ってみたいと思った
ものです。

「そこのおじさん、ぼやぼやしないで。さっさと座る!」
とか言われるのかな、などと想像するとわくわくします。

今回のフライトで席に着いたら「サービスコンセプト」の紙が
貼ってあって、「丁寧な言葉遣いはしません」とか書いてあれば
面白いところですが、ありませんでしたね、やっぱり。

そこで担当の客室乗務員のNさんに言ってみました。
「わがままを言ってわるいけど私を呼ぶときは<様>じゃなくて
<さん>付けでお願いできませんか。偉い人も乗るだろうけど、
私なんか慣れてないから」

顧客の期待値を下げておく、というのも一つのサービスのあり方
だと思います。
あまり期待していなかったのに、いいことがあったりすると、
なんだか得をしたような気分になります。
あらかじめ期待を膨らませ過ぎていると、まずまずのサービス
内容でも「なーんだ」ということになりかねません。

さてNさんはなんと返事をしてくれたでしょうか。
1.ご希望でしたら、そのようにさせていただきます。
2.JALの「サービスコンセプト」に従わなくてはならないので、ご容赦ください。
3.またご冗談を。本気にしてしまいますよ。
4.その他(                    )

長くなったので続きは次回にします。
パリ行きのJAL405便に乗り込み、席に着こうとすると 
ギャレーの前に立っていたアテンダントさんがずいぶんと 
愛想よく挨拶をしてくれるので、もう一度顔を見直すと、 
なんとUさん! うちのお客さんでした。 

「お待ちしておりました」 
「わざわざ? よくわかりましたね」 
「搭乗者名簿に会社名が書いてあったから、思わずエッて」 
「初めて制服姿を見るから、見間違えましたよ」 
「私はとなりの担当なのでお世話できませんけど、またあと 
で話に来ます」 

Uさんを見送って席に着くと、こちらの担当だという 
アテンダントNさんが来られました。 
「Uからうかがいました。何ヶ国語もお話しになる語学の 
達人だとか」 
エ? ナニ? 誰のこと? 

そのあとチーフが挨拶に来られました。 
「やはり才能でしょうか。もし語学の上達法のコツなどが 
ありましたら、ぜひお聞かせ願いたいものです」 
動揺を抑えつつ「いえいえ、そこまでおっしゃって 
いただくほどでは」とか、答えるのが精一杯。 
内心では「おーい、Uさーん! だれと人違いして 
るんですかあ!」と叫んでました。 

しかしUさんの超好意的な紹介のおかげか、皆さんに 
親切にしてもらって快適なフライトになりました。 
ただし機内で読もうと思っていた「フランス語ポケット旅行 
会話」は取り出せませんでした、さすがにちょっとね。

2011年6月16日木曜日

「ソウルのバングラデシュ人」の感想

大阪、名古屋に続き、東京で開催されている「真!韓国映画祭2011」で「ソウルのバングラデシュ人」を観た。
バングラデシュ人の出稼ぎ労働者カリムは賃金の不払いのせいで仕送りができず、故国の家族と断絶のせとぎわにある。カリムはコンビニで韓国人どうしの喧嘩の仲裁に入ったばかりに警察署に連行され、濡れ衣をきせられたあげく酔っ払った一方の当事者から「お前たちのせいで仕事がない」という言葉を投げかけられる。女子高生ミンソの母親の恋人も失業中。ミンソが夏休みに英語塾に通う月謝代ほしさにカリムの財布を持ち逃げしようとしたのが二人の出会いである。ミンソはバイト先でトラブルをおこし警察署でカリムと再開する。彼女はその後、風俗店でアルバイトを始める。

導入部のあらましを書き留めるとこんな具合だ。カリムが好青年なのにたいし、ミンソはおおいに問題がありそうに見える。韓国人の外国人労働者にたいする差別意識があらわれる描写のなかで、ミンソもまた偏見の持ち主として描かれる。カリムがバスの中で席をあけて座らせようとするのを無視し、並んで歩くのをいやがって3メートル離れて後からついてくるように言うほどである。(物語が進んで二人が絆を深めるにつれて、カリムの強制送還を避けるため、ミンソは結婚まで口にするようになるのだが)

社会のアウトサイダーと気のつよい少女との出会い。緊張感を和らげるアイロニカルな笑いと、切ない余韻を残す結末。どこかで見たスタイルである。カリムに狼の皮をかぶらせて人物像に深みをもたせ、画面に緊張感を加えればヤン・イクチュン監督の「息もできない」ではないか。

韓国映画に登場する「気のつよい少女」は魅力的である。
この作品の舞台を日本に置き換えてみるとしよう。韓国社会と日本社会には共通点が多い。ここに描かれているアジアからの出稼ぎ労働者を見下し、白人には媚びる性向などは日本人にもそのまま当てはまる。受験競争の激しさは韓国ほどではないものの、教育の機会と経済格差の問題は日本でも表面化している。それでは「気のつよい少女」ミンソを登場させて、リアリティは得られるだろうか。

私の想像の範囲ではかなり違和感がある。
極端な気のつよさを観客に納得させるには、ツッパリ系不良少女にしてしまうか、男を手玉にとるほどの色気または才気の持ち主にしてしまうか。あるいは、なぜかやたらと腕力が強い「ラブファイト」の亜紀、「ごくせん」のヤンクミのようなキャラにしてしまうほかないのではないだろうか。

つまりただの女子高生ではなく、強気の拠りどころとなる特性を備えている必要がある(ヒロインを引き立てる可愛げのない女という設定であれば別だ)。しかしミンソや「息もできない」のヨニには、そういう持ち味が付加されていない。どこにでもいる高校生である。とりたてて腕力もないのに、見ず知らずの男(ヤクザや外国人)にたいして一歩もひかない。殴られたり引き倒されたりした後ですら、おびえた表情を見せない。

「あなた、自分のやっていることがわかってるの!?」のように居丈高な物言いをして、倫理観で優位に立とうともしない。
ただ気質として気がつよいだけの少女が、それだけで魅力的な存在だ。

よけいな拠りどころを持たない「気のつよさ」が魅力的なのは、これらの作品を撮っている監督たちが、そういう少女を魅力的だと思っているからだろう。
ストーリーが展開するにつれて、少女は別の面を見せる。傷ついた内面から暖かさややさしさ、孤独や正義感などがにじみでる。そして男女は惹かれあう。そこに着目して「気の強い」女性が「男に都合のよい」女性へ変化したと見なせば、いささかジェンダー的に問題視するような捉えかたが可能かもしれない。

しかしそういう見方はとりたくない。少女らは男の意思にしたがって「変身」するのではない。関係性が深まるにつれて内面に変化が見られるというなら、男のほうもお互いさまである。それ以前に一本気な性格が、それだけで魅力的に描かれている。それは女性に「可愛げ」が求められていることへの反乱であり、そこには損得を超えた無鉄砲さにたいする爽快感がある。
こういう印象をもつのは日本人特有のものだろうか。男性特有のものだろうか。あるいは私だけの特殊な感想であろうか。
ミンソやヨニは韓国の人たち、女性たちの目には、どのように映るのだろうか。そのあたりを知りたいところだが、それはさておき、「気のつよい少女」が映像のなかの韓国にしっくり馴染んでいるのはまちがいない。そこに韓国らしさがあると観るものを納得させるだけのものがある。画面から伝わってくる韓国社会の魅力がある。

2011年6月6日月曜日

ブダペスト




最後の訪問地ブダペストに到着しました。
さっそくホテルでチェックイン。
赤いスーツを着たマネージャーだと名のる女性があらわれて
部屋に案内してくれると言います。
旅の最後の締めくくりとして、奮発してよいホテルを予約しましたが、
まあ私なんかが泊まれる部屋は高がしれています。

なんでベッドルームのほかに、20畳くらいあるシッティングルーム(居間)や
バスルームが2つもついているのでしょう。
「気に入ってもらえましたか」ときくので、はいと答えました。

入れ替わりにボーイがワインを持ってきました。
ホテルのコンプリメンタリーだと言います。
続いてフルーツセットをもったボーイが、やはりコンプリメンタリー。

開店10万人目とかに当たったのかな?
しばらく休んでから国立オペラ劇場にでかけます。
出し物はバレエ「白雪姫」。これなら言葉がわからなくても大丈夫です。

エレベータホールまで来ると何だかあやしい雰囲気。
スーツ姿のいかつい男たちが何人もいます。その向こうの通路にも。
私がエレベータに乗ると一人が乗り込んできて、ボタンを押してくれます。
腰には無線機。

1階のロビーもなんだか落ち着かない雰囲気です。
スーツ姿の輪に制服の警官も混じっています。
玄関をでると通りの正面には6台のパトカー。ホテルの角には防弾チョッキを
着たスワット系の人も。

エライ人がお泊りなんでしょうね。
不審尋問をされたりするといやなので、さっさとその場を離れます。
すると1台の車のウィンドに日本語の貼紙が見えました。
「報道官車 在ハンガリー日本大使館」
そのとなりの20人乗りのマイクロバスには「プレス車1号 在ハンガリー日本大使館」
あれれ!
好奇心はわきますが、公演の時間がせまっているので立ち止まりません。

オペラ劇場は子ども向きの出し物とあって、家族連れであふれています。
予約が遅かったので天井桟敷の席しかありませんでしたが、
なんと700フォリント(約400円)。
公演のない昼間におこなわれている劇場のガイドツアーが1500円ほどなので
かなりお得といえるでしょう。
すなおに楽しめばいい演目なので気持ちも楽です。

公演後は叙情的なバイオリンの生演奏をききながら、カフェでビールを一杯。
部屋にもどってネットで調べると、きょうからアジア欧州外相会議というのが
ブダペストで開かれているとのこと。
日本からも名前は知りませんが外相が来られていて、私とおなじ階に
宿泊されているのですね。

なんでおなじ階の超デラックスなお部屋にコリ文のおじさんを?
わかりません。
ホテルにメリットがあるとは到底思えませんが。

さきほど朝食に行きましたが、あるお部屋のドアの両側にプーチン首相を大柄に
したようなスーツ姿の男が仁王立ちしているのが見えました。
エレベータホールにもいます。
赤いスーツのマネージャーもいて、いっしょにエレベータに乗ります。
1階に着くと、入れ替わりに5人のスーツ姿のお役人ふうの日本人が
エレベータに乗り込みました。
エリマキトカゲに半ズボン姿の私にちらりと怪訝そうな目を向ける人も。

朝食のレストランでは、いく組かの日本人がテーブルを囲んでいます。
こちらはお役人には見えません。
おばさんたちのテーブルのわきを通りがかると
「よし」「それで行きましょう」と観光客らしくない口調の話し声が聞こえます。
きっと「プレス車1号」の皆さんなのでしょう。

さあ私はこれから市内観光です。
この旅最後の自由時間を楽しんできます。
有名な温泉にも入って来ようかな。

2011年6月5日日曜日

メテオラ



イドラから水中翼船でピレウスに到着。郊外電車でアテネまで。
インターシティ(急行)に乗り換えてカランバカへ。
直行列車は1日2本しかないので、無事に乗ることができて一安心。
およそ5時間をかけて、内陸へと進みます。

前の席は出発まぎわに飛び乗ってきた背の高いもじゃもじゃ頭の東洋人。
笑顔が人なつっこく「ニホンジンですか」と聞いてくるので、
「もしかして韓国人?」と聞くと、中国人とのこと。
順玉さんのお姉さんが教えていた香港の工科大学の学生だと言うので、
お姉さんを訪ねて香港へ行き、大学のプールで泳がせてもらったことなどを
思い出す。
「メテオラを見に行くんでしょう?」とたずねると、
「メテオラってなんですか」という返事。
「ほら山の上に修道院があって……」
「そうそれそれ、モンクがいるところ」
ホテルの予約もしてないですよ。おれってstupidだからと、てんで屈託がない。

インターネットで調べつくし、予約できるものはすべて予約して、
スケジュールどおりに移動している私は、ずいぶん窮屈な旅をしているものだ、
と心の中でため息をつく。

私だって25年前に初めてギリシャを訪れたおりは、なんとなくクレタ島行きの
フェリーに乗り込んで、船中で出会ったドイツ人カップルの車に同乗させて
もらい、漁村の民宿で一週間、いっしょに過ごしたりした。
アイルランド人の船乗りと夜の浜辺で酒盛りしたり、鶏の首を落とすようにと
ナタを渡されたものの、こわごわふり下ろすと、ゴムのように跳ね返されて
しまったこと、そのときの手の感触、しかたなく思い切りふり下すと、
首のない鶏が騒ぎ立てたことなどを、まざまざと思い出すことができる。

あてのない旅がしたい。
などと考える年老いた自分がいる。

無意識のうちに若さにしがみつこうとしているのだろう。
一日中、山道を徒歩で修道院めぐりをした。
後ろからきたタクシーが、わざわざ停まってくれても乗らなかった。
そのせいできょうは腰痛をこじらせて、立つのも座るのも一苦労。
悲鳴をあげながらアクロポリスの丘にのぼる私がいる。